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ひでひとの鳴く頃に(3)




現在、リアルで麻雀をするなら、全自動卓でやるのが主流だ。つまり、麻雀に使う牌は、機械によって自動的にかき混ぜられてからセットされる。僕が高校生当時でも全自動卓は存在した。しかし、お金が無い高校生が家でやる麻雀なんて、もちろん手積みでやる麻雀であった。


手積みの麻雀は、自分たちで牌を積んでセットしなければならない。これは裏を返せば、積むときに、自分の前の山に限っては、牌をえり好んで好きなように積めるのである。



現在はプロとして、つまり「競技」として麻雀を行う場合は、公平性を欠くので、自動卓でしかやらない、さらに、なんらかの事故で競技開始前に牌が見えてしまったりしたら牌の積みなおしをすることもある。しかし、当時我々のやっていた麻雀はあくまで「競技」ではなく、単なる「ゲーム」としての麻雀だった。その点において、勝つためになら明らかな不正を除いては、勝ちに行くための方法を、戦術の上からであるにせよ、ゲームの性質の上からであるにせよ、いろいろ考え、そして実際勝ちに行ったのであった。



前置きが長かったが、とどのつまりTが用いた「必勝法」とは、「牌山への細工」だった。


といっても、露骨なイカサマとしての積み込みをしたわけではない。彼がしたことは2つ。1つは、山のどこにどんな牌があるかを記憶すること。それによって、彼は自分の手牌と照らし合わせ、手作りをしていた。もう1つは、東家(親)と西家は牌山の上をツモり、南家と北家は牌山の下をツモるという構造を利用し、場合によって好牌とクズ牌を固める、といったこと。「競技」としての視点からすると、完全にアウトだが、当時の僕らにはまったくそんなことは関係なかった。


さて、ただそれだけのことで果たして有利になるのか?メンツが、ある程度そういったことを知っていて、経験もあり、それなりに技術があるならば、そこまで勝ち負けに影響するかはわからない。しかし、初心者に毛が生えた程度の奴らに勝つだけなら、十分だった。



Tは、Mも時々そのようなことをしている節があったので、それに気づいて、自分でもやったのだろう。僕はどちらかといえば牌効率とかそっちの方に注意を払っていたので、気づくのが遅れてしまった。気づいてからは、「積んだな」と思われたときには、積極的に鳴いてツモをずらすなどして対抗した。そうやっていくうちに、毎回麻雀するたびに、僕とTとMの誰が勝つか、みたいな状態になってきた。その他のメンバーが入れ替わったりはしたが、その3人のいずれかが勝つというのは変わらなかったのだった。



いつの間にか春が訪れ、僕らは受験生になっていた。
しかし、それでも僕らは頻度は少なくなったが、麻雀のために不定期に集まり、やり続けていた。そして、大学合格後、さらにディープな麻雀世界へとのめり込んでいくことになるのであった。




続く。

秀仁麻雀伝(2)




*昨日はいいタイトルが浮かばなかったので数字だけをタイトルにしました。とりあえず気分でタイトルはいろいろ変わります。しっくり来るものがあれば固定するかも。あと、言い忘れてましたが、この話は事実を基にしたフィクションです。あまり野暮な突っ込みを入れないようにw






それからというもの、週末は僕の家に集まって麻雀をすることが多くなり、完全に溜まり場と化した。みんなだんだん牌を積むのにも慣れ、ようやく役も覚えだし、僕らの麻雀は少しずつ体をなしていった。基本的にはMの家の家庭麻雀ルールを基本にしていたため、食いタンと後付けがなかったのでリーチ中心の麻雀だった。符計算はまどろっこしいので無し。つまり一様に1000-2000-3900-8000(以下略)で点数計算していた。



当時、ネットが家に無かったため麻雀のことを考えるのは基本的にその麻雀会をするときだけだったが、本格的に嵌りだしてから、少しずつ普段の生活の中でも麻雀の牌姿が心に浮かんできて、その中でどうやったら有利に手を進められるかなどを考えたりするようになった。たとえば、ペンチャンよりカンチャンのほうが変化しやすいのでカンチャン残しが有利だとか、鳴いたときは、246のようなリャンカンを残すより224のようなポン材を残した方が鳴きやすいとか。


そうやって牌効率の基礎のようなものを作っていった。もちろん、こんなの基礎中の基礎だけど、そうやって何も無いところから気づいていく作業が楽しかった。今ではネットでそういったことをすぐ学ぶことができるので、そういう感覚を想像するのは難しいのかもしれない。



Mは昔からやっていたのでそういった基礎的なことはわかっていたが、それ以外の僕を含む何人かは、麻雀というものを経験を通して少しずつ覚えていき、日が経つにつれ、その嵌り具合の差が出たのか、勝ち組と負け組に別れていった。そんな中で強くなってきたの勝ち組は、僕ともう一人、Tであった。



Tは要領がよいタイプで、判断力と損得勘定に優れ、その能力を生かして現在は金融の仕事に就いている。現在もたまにセットしたりする。当時も、もともとこの麻雀というゲームに向いていたのか、単純にゲーム楽しみながらもどうやったら勝てるかなどをよく考えていたようだ。



そのうち、Mと同じくらいTも勝つようになってきた。どうやら、Tは今やっている麻雀の何かコツを掴んだようであった。それは、僕が考えていたより有利に手を進めるための牌効率だとかそういったものでなく、僕たちにはまるで思いもよらなかった麻雀に対する捉え方、「必勝法」だったのである。




たぶんつづく。

(1)

「ガッチャ、麻雀やろうぜ」




高校2年生のある日、友人Mが突然友人2名を引き連れ、家に来てそう言った。当事、僕は麻雀のマの字も知らなかった。というか、その場にいたM以外は誰も麻雀のルールなど知らなかった。しかし、Mにはそんなこと関係ない。


彼はかなり強引な奴で、たとえば、僕の中学までのあだ名は「ヒデ」で通っていたが、高校に入ったときに、彼の崇拝するXJAPANのHIDEと被るからといって、次の日から無理矢理クラスメイトたちに「今日からコイツのあだ名はガッチャでよろしく」と頑なに押し通し、3日くらいで完全に定着させてしまった。


そんな彼が「麻雀なんてわからんよ」などと僕が言っても「じゃあ今から覚えようか」と言ってやはり強引に家に上がりこみ、タバコを蒸かしながらざっとルールを教えたのであった。


もちろん、相当基礎的なことしか教わらなかったので、とりあえず「同じ絵柄を三つそろえていくか、3つの数の並びをそろえていくか」ぐらいしかわからなかった。たびたび役無しテンパイをして「これアガれんの?」と聞き、いちいち見てもらったりした。それでも仕組みがイマイチわからず、結局その場で覚えたのは「全部ポンした奴はアガれる」ってことだけだった。


だから、とにかく2枚牌を揃え、ひたすら「ポン!」「ポン!」「ポーン!!!」と叫び続けた。M以外は初心者なので、意外と鳴けるしアガれた。Mはトイトイしかできない僕を見て、「君あしたから名前トイトイガッチャね」とニヤニヤ笑いながら再び煙草を蒸かすのだった


Mは一半荘練習し終わったときに「じゃあ今から本番ね、点1で。賭けないとおもしろくないから」と言って、やはり強引に賭けさせられた。初心者相手になかなか鬼畜である。まあその点1という言葉もよくわからないし、どうせゴリ押しされるので「なんでもいいよ」と言って麻雀を打ったのであった。確か1000円くらい負けた。


そんなよくわからないゲームだったけど、アガれたときは何かすごく嬉しくて、「おもしれえな、またやりてえな」と思ったのであった。



これが僕の最初の麻雀との出会いであった。それがまさかプロになるまでに至るとは夢にも思ってなかったのは言うまでもない。






たぶん続く。
プロフィール

hidehitox

Author:hidehitox
日本プロ麻雀協会比嘉秀仁です。


~戦績~
第七期日本オープン準優勝 
第八期新人王戦 ベスト8


麻雀はもちろんですが、哲学、論理学、心理学、政治学等に興味があります。音楽は、ブランキージェットシティやマキシマムザホルモンなどのダサかっこいいのが基本好きです。読書(漫画含む)も好きです。



ブログを二つほど設営しています。
雑記「後から刺すな」 http://blogs.yahoo.co.jp/hidehitox52
天鳳遊戯 http://hidehitox.blog54.fc2.com/

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